光ファイバーのネットワークが都市の隅々まで広がった現代でも、その敷設が難しい場所や、突発的なイベント・災害時に迅速に高帯域リンクを確保する方法は限られています。
そんな場面で静かに、そして確実に活躍してきたのが光空間通信(Free Space Optical, FSO)です。
中でも、キヤノンが誇るCANOBEAM(キャノビーム)は、「光のビームで結ぶ無線のネットワーク」として、多くの現場を支えてきました。
本記事では、その技術と歴史、そして移動体基地局でのリアルな活用例を振り返ります。
CANOBEAM(キャノビーム)とは何か?
CANOBEAMは1993年、キヤノンが世に送り出した光空間通信システムのブランドです。
半導体レーザーを用い、見通し距離内で高速・双方向通信を実現するこの装置は、光ファイバー回線の延長のように動作します。
プロトコルに依存せず、EthernetやATMなど多様な信号を透過的に伝送可能。 さらに電波を使わないため無線局免許が不要で、設置後すぐに運用できる俊敏さも魅力です。
ビームは非常に指向性が高く、2km先でも数十センチ程度のスポットに収束。 そのおかげで傍受はほぼ不可能という高いセキュリティを誇ります。
ただし、この細い光を正確に捉え続けるには高度な制御が必要。 CANOBEAMは自動追尾機構を搭載し、建物の揺れや風によるズレを自動で補正します。
光空間通信(FSO)の歴史と発展
光による通信は、古代ののろしや灯火通信に端を発します。
近代では1880年、グラハム・ベルが太陽光を変調し音声を伝えるフォトフォンを発明しました。 20世紀には軍事用途で発展し、やがて1960年のレーザー発明が光通信に革命をもたらします。
しかし地上通信では光ファイバーの急速な普及に押され、一時は影を潜めます。
それでも1980年代後半から、ラストワンマイル問題の解決策として再び脚光を浴び、1990年代には商用FSO装置が各社から登場。
キヤノンはこの流れの中でCANOBEAMを投入し、自動追尾や高速化を武器に進化を続けました。
CANOBEAMの技術進化
初期モデル(1990年代)
数十Mbpsクラスからスタートし、EthernetやATM接続に対応。
すでに自動追尾機能を備え、高層ビル間通信の安定化を実現しました。
DT-100シリーズ(2003年)
小型・軽量化と低価格化を達成し、25Mbps〜1.25Gbpsまで対応する3モデルを展開。
上下左右±1.2度の自動追尾で、ビル風や揺れを吸収し安定通信を可能にしました。
映像伝送モデル(DT-150など)
HD-SDI等の非圧縮映像を1.485Gbpsでリアルタイム伝送。
ケーブル敷設が困難な現場で放送やイベント中継に活用されました。
移動体基地局への応用事例
大規模イベントでの活躍
コミケや花火大会、初詣など、大量トラフィックが集中する場面で、移動基地局のバックホール回線としてCANOBEAMが投入されました。
光ファイバー仮設が不要で、見通しさえ確保できれば即時に高速リンクを構築可能。
イベント会場の屋上や車載基地局の間をレーザーが行き交う光景は、まるで都市に張り巡らされた「光の架け橋」でした。
災害時の応用
地震や台風で光ケーブルが断絶しても、キャノビームは見通し距離が確保できれば即時に回線を開通できます。
可搬型基地局や衛星通信と組み合わせ、冗長化された災害時通信インフラとしても活躍しました。
CANOBEAMの利点と課題
メリット
- ケーブル不要で迅速展開
- 無線局免許不要
- 傍受困難な高セキュリティ
- プロトコル非依存の柔軟性
課題とデメリット
- 高精度な指向調整が必要
- 霧・豪雨・降雪による減衰
- 実用距離は数kmまで
- レーザー安全性への配慮
おわりに
CANOBEAMはすでに市場から姿を消しましたが、その存在は光空間通信の可能性を証明しました。
「光の高速性」と「無線の機動性」を併せ持つこの技術は、5G/6G時代にも別の形で再び脚光を浴びるかもしれません。
イベントの喧騒の中や災害現場で、静かに、しかし確かに通信を結び続ける。
CANOBEAMが紡いだ光の道は、次世代の通信インフラへと受け継がれていくでしょう。
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