皆さんは夏フェスや大規模スポーツ大会、花火大会などでスマホがつながりにくくなった経験はありませんか?
狭い会場に人が殺到すると通信ネットワークが混雑し、通信速度低下や接続しづらい状況が起きがちです。
これは大規模イベント時の通信混雑という課題で、イベント運営者や通信キャリアにとって大きな悩みの種でした。
この問題を解決すべく各通信キャリアが投入している秘密兵器があります。
それが「車載基地局」と呼ばれる移動型の基地局を使った臨時ネットワークです。
イベントでなぜ通信が混雑するのか?
まずは背景となるイベント時の通信混雑について確認しましょう。例えば花火大会やライブ会場では、普段は人が少ないエリアに一度に大量の人が集まります。
その結果、一つの基地局エリアに利用者の通信が集中し、ネットワークがパンク状態になります。
基地局の同時接続容量には限りがあるため、スマホのつながりが著しく悪くなるわけです。
実際、人口数万人規模の地方都市に何十万人もの人出があると、既存の通信設備だけでは対応しきれません。
特に昨今は動画のライブ配信やSNS投稿などデータ通信量も増加しており、大規模イベントでは従来以上に膨大なトラフィックが発生します。
たとえば2024年のある音楽フェスでは約5万人の来場者によるデータ通信需要増大が予想され、通常の対策では不十分と考えられました。
また、2025年開催の大阪・関西万博では、来場者の集中により通信が混雑し、QRチケットの表示遅延で入場に支障が出るトラブルも発生しています。
このようにイベントの通信混雑は参加者の利便性だけでなく、運営面にも影響を与えかねない重大な課題なのです。
筆者撮影の車載基地局の様子
解決策として臨時ネットワークとしての車載基地局車の運用

画像出典:NTTドコモ公式サイト
こうした問題に対し、通信各社が打ち出した解決策が臨時ネットワークの構築です。
その中心的な役割を担うのが「車載基地局」と呼ばれる車両型の基地局です。
その名の通り、アンテナや無線機など基地局設備一式を車に積み込み、必要な場所へ自走して臨時に基地局を開設できる移動基地局です。
人が集まり携帯のつながりが悪くなりそうな場所に事前に乗り付けて展開し、イベント開催中だけ追加の通信エリア・容量を提供します。
車両に長い伸縮式アンテナを備え、イベント会場周辺で電波発射をして通信エリアを一時的に拡大する。
このような移動基地局車をイベント当日に配備することで、周辺の既存基地局とあわせて会場の通信を支え、ネットワークの輻輳を緩和しています。
もともと移動基地局車は災害対策として開発・配備が進められてきた経緯があります。
大規模災害で基地局が被災・停電した際に「最後の砦」として被災地に急行し、被害エリアの通信をいち早く復旧させることを目的に各社が多数保有しています。
普段は人が少ない場所でも需要が急増するケースに柔軟対応できることから、各社ともコンサート、祭り、花火大会、コミケのような同人誌即売会まで様々なイベントで移動基地局車を臨時配備する運用が増えています。
事前にスケジュールが分かっているイベントの場合、こうした移動基地局車を会場近くに配置しておくことで、「つながらない」を未然に防いでいるのです。
車載基地局車の仕組みは?

画像出典:KDDI公式サイト
では、この車載基地局車による臨時ネットワークは具体的にどのように動作しているのでしょうか?
まず車載基地局車には、高所に電波を届けるための伸縮式アンテナポールが装備されています。
イベント現場では所定の場所に車両を駐車し、アンテナを空高く伸ばして周囲に電波を飛ばします。
アンテナ先端には携帯各社の主要な周波数帯に対応する基地局用アンテナが複数取り付けられており、一度に複数のバンドで通信サービスを提供できます。
車内には無線機や通信制御装置がラックに収められ、車載の大型発電機から電源供給して基地局設備を稼働させます。
次に重要なのがバックホールの確保です。
臨時とはいえ基地局を設置する以上、コアネットワークに繋ぐ回線が必要になります。
常設の基地局であれば局専用の光回線等で接続されていますが、移動基地局車の場合は現地の状況に応じて様々な方法で回線接続します。
イベントで計画的に展開する場合は、一時的にイベント会場近隣に光ファイバーを敷設し接続します。
一方、仮設の有線を引き込むのが難しい場合や設置場所が限定される場合には、無線エントランスによる接続を活用することもあります。
この方法なら光ケーブル敷設が不要で、衛星回線より高速・大容量なリンクを構築できます。
災害対策用では衛星回線で基地局を中継するケースが多いですが、イベント用途でも山間部や離島イベントなど地上回線が確保困難な場合には衛星経由でバックホールを確立できます。
準備が整えば、イベント開催中ずっと周辺の常設基地局と一緒に通信トラフィックを分散処理し、終われば設備を格納して速やかに撤収できるのも車載基地局の強みです。
まさに「基地局が出張してくる」イメージで、通常は数か月単位でかかる基地局建設工事をすることなく短期間で柔軟にエリア構築できる点が、臨時ネットワークの大きなメリットです。
なお、車載基地局車以外にも可搬型基地局といった臨時基地局もあります。
可搬型基地局は機材一式をポータブルなケースに収めて現地で組み立てるタイプで、大型車が入れない場所や屋内のスポット対策に使われます。
実際のイベント対策では、車載型と可搬型を組み合わせて細かなエリアまで電波を届ける工夫がされています。
このように多面的な臨時ネットワークを構築することで、イベント会場での安定した通信環境を実現しているのです。
イベント主催者・参加者にとってのメリット

画像出典:ソフトバンク公式サイト
最後に、こうした臨時ネットワーク強化がイベント主催者や参加者にもたらすメリットを整理してみましょう。
まず参加者にとって一番大きいメリットは、イベント会場でも普段通りスマホが使える快適さです。
写真や動画をその場で友人と共有したり、SNSに投稿したり、出演アーティストの情報を検索したりといった体験がスムーズにできます。
電話やメッセージも繋がりやすく、待ち合わせの連絡や緊急時の通話も安心です。
「人が多すぎて全然つながらない…」というストレスが緩和され、イベントそのものを思い切り楽しめる環境づくりに貢献しています。
特に近年は公式アプリで場内マップやタイムテーブルを提供したり、ARを使った観客参加型の企画を用意するイベントもありますが、高速通信インフラが土台にあることでそうしたデジタルサービスを存分に活用できるわけです。
一方、イベント主催者・運営側にとっても、通信環境の確保は安全で円滑な運営の要です。
入場ゲートで電子チケットのQRコードを読み取る、売店でキャッシュレス決済を行う、スタッフ同士が連絡を取り合う、といった運営オペレーションが滞りなく進むことは来場者満足度にも繋がります。
実際に万博の例では通信不調により入場処理が遅延するトラブルが発生しましたが、臨時ネットワークの増強によって速やかに改善されました。
このようにバックヤードの通信が安定することで、受付や物販のスムーズさ、セキュリティ対応の迅速さが向上し、結果的にイベント全体の質が高まります。
さらに、主催者にとっては最悪の事態を避ける保険としての意味合いもあります。
例えば熱中症や事故など緊急時に救護班や警備との連絡が取れない、観客に一斉通知したいのに通信が詰まって送れない、といった事態は避けねばなりません。
臨時ネットワークで余裕あるキャパシティを用意しておけば、非常時にも連絡手段を確保でき、安全管理面のリスク低減につながります。
加えて通信インフラが万全であることはスポンサーにとっても価値が高く、イベントの信頼性向上や次回以降の集客アピールにも一役買うでしょう。
おわりに
大規模イベントの陰では、このように通信各社の見えない努力と最新技術の結集が私たちの快適さを支えています。
普段当たり前に使っている携帯通信も、各社の周到なフォローがあってこそ安心して使えるのだと実感します。
イベント会場でふとアンテナを高く掲げたトラックを見かけたら、「お、頑張ってるな!」と通信インフラの裏方に思いを馳せてみてください。
技術の進歩でますます強化される臨時ネットワークが、これからの様々なイベントを下支えし、主催者・参加者双方にとってより良い体験価値を提供してくれることでしょう。
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