かつて、誰かと話すことすら難しかった山奥や孤島にも、いまやスマートフォンの電波が届く時代となりました。
その裏側で静かに活躍しているのが、「無線エントランス」という技術です。
移動体通信において、基地局とコアネットワーク(通信事業者の中核網)をつなぐ回線部分を「バックホール」と呼びます。
そのバックホールを、有線ではなく電波で実現したのが無線エントランスです。
光ファイバーや有線ケーブルの代わりに、マイクロ波やミリ波などの高周波無線を使って、基地局と中継局の間を結ぶ、まさに見えない橋を空中にかけるような技術です。
基本的には、両端に設置された指向性アンテナで電波を一直線に飛ばし合うポイント・ツー・ポイント方式を採用しており、利用者の端末とは直接通信しない、中継専用のリンクとして機能します。
物理ケーブルがなくても、柔軟かつ高性能なネットワークが実現できるようになっています。
無線エントランスの定義と基本仕組み
無線エントランスとは、基地局と上位ネットワーク間の「エントランス回線」を無線化したものです。
一般的に、基地局と中継局に無線装置とパラボラ型アンテナを設置し、見通しのきくルートで常時接続の専用無線リンクを張ります。
使用するのは、6〜40GHz帯のマイクロ波やミリ波。
気象条件や地形に応じた周波数選定が求められます。
無線エントランスは敷設困難なエリアにおいて、光回線の代替手段として活躍しています。
無線エントランスの技術的な仕組みと構成

出典:総務省技術資料
無線エントランスは、一般に以下のような構成で展開されます。
- 送受信装置: 屋外設置型の無線ユニット(ODU)と屋内装置(IDU)で構成される
- アンテナ: 高利得の指向性アンテナを用い、対向する局との間で直線見通し(LOS)を確保
- 周波数帯: 6〜42GHzのマイクロ波帯、または26GHz〜80GHzのミリ波帯
アンテナの間に遮蔽物があると接続できないため、見通し環境(LOS)の確保が前提となります。
無線エントランス設置時には、電波伝搬シミュレーションや現地調査による高精度な設計が欠かせません。

画像出典:ドコモ公式サイト
活用例1:光ファイバー未整備地域での通信構築
山間部や離島など、物理的に光ファイバーを敷設しづらい地域では、無線エントランスがまさに救世主です。
対向する山頂や中継局に無線装置を設置し、光の代わりに空間を通じてデータを飛ばすことで、インフラ整備にかかる期間とコストを大幅に削減できます。
実際、インドでは約8割の基地局が無線エントランスを採用しており、新興国や発展途上国ではメインのバックホール手段として定着しています。
活用例2:災害時や臨時ネットワークでの迅速な通信確保
地震や台風などの災害が発生すると、地下に埋設された光ケーブルが断線してしまうケースもあります。
そうした場面でも、無線エントランスは即時の通信復旧に貢献します。
たとえばKDDIでは、光とマイクロ波を二重化した「大ゾーン基地局」を整備し、障害時でも通信を保てる構成をとっています。
また、移動基地局車にも無線装置が搭載されており、被災地で迅速な臨時ネットワークの構築が可能です。
活用例3:イベントや一時的なトラフィック増への対応
夏フェスや国際スポーツ大会など、一時的に数万人規模が集まる場所では、モバイルトラフィックが急増します。
こうしたケースでは、移動型の臨時基地局が投入され、周辺の無線エントランスを通じて本ネットワークに接続。
短期間で高品質な通信環境を実現できます。

使用周波数帯とその特性
無線エントランスに使われる主な周波数帯とその特徴は以下の通りです。
- マイクロ波(11GHz〜18GHzなど):比較的長距離に対応し、雨天時も減衰が少ない。安定性重視のリンクに向く。
- ミリ波(26GHz〜80GHz帯):短距離・大容量向け。高速伝送が可能だが、雨や障害物に弱く減衰が大きい。
地形や用途に応じて、これらの周波数を適切に選び、場合によっては複数帯域を組み合わせたマルチバンド運用が行われます。
まとめ:無線エントランスは見えない空の架け橋
無線エントランスは、電波という見えない糸で社会の通信インフラを支える、まさに縁の下の力持ちです。
都市部の臨時需要から、アクセス困難な山間地、そして突発的な災害時まで、あらゆる場面で活躍するその存在は、これからのネットワーク進化においてますます重要性を増していくことでしょう。
光が届かない場所にも、電波なら届く。
無線エントランスは、そんな希望の技術なのです。

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